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新潟地方裁判所 昭和62年(タ)8号 判決

原告

甲野花子こと

甲花子

右訴訟代理人弁護士

大倉強

被告

新潟地方検察庁検事正

堀部玉夫

主文

一  原告と甲其との間において昭和二四年五月一九日新潟県三島郡出雲崎町長に対する届出によつてなした婚姻を取消す。

二  訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告と甲其は、昭和二四年五月一九日、新潟県三島郡出雲崎町長に対し婚姻の届出をした。

2  右届出の当時、原告は、新潟県三島郡出雲崎町〈以下省略〉に本籍を有した日本人女子であり、甲其は、朝鮮全羅南道光陽郡〈以下省略〉に本籍を有する男子であつた。

3  甲其と原告は、爾来法律上の夫婦として同居生活を継続し、甲其は昭和四六年四月一二日死亡した。

4  しかしながら、甲其は大正七年一二月二五日に乙學葉と婚姻しており、前記原告との婚姻届出当時、なおその婚姻は継続中であつた。

よつて、原告と甲其との婚姻には原告の本国法である日本民法及び甲其の本国法である大韓民国法のいずれにおいても取消原因が存するから、原告は、検察官を被告として、原告と甲其との婚姻の取消しを求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の事実は不知。

3  同4の事実のうち、甲其が大正七年一二月二五日に乙學葉と婚姻したことは認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉を総合すれば、請求原因1ないし4の事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

二ところで、法例第一三条一項より、婚姻成立の要件は、各当事者につき婚姻締結当時の各自の本国法により定まるところ、原告については本件婚姻届出当時日本国民であつたから日本国民法を適用すべく、本件婚姻は同法第七四四条及び第七三二条により重婚に該当し、取消し得べきものであつた。

他方、本件婚姻届出当時は日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)の発効前であつたから、甲其も日本国籍を有していたものであり、従つて甲其についても本国法として日本国民法を適用すべきもののごとくである。しかし、当時は、朝鮮に本籍を有する者(以下、「朝鮮人」という)については、共通法により、婚姻に関しては日本国民法ではなく朝鮮民事令が本国法とされ、その第一一条二項により朝鮮の慣習によるものとされていた。すなわち、甲其は朝鮮人として婚姻に関してはいわゆる内地人とは別個の独自の法秩序(朝鮮慣習法秩序)に属していたものである。従つて、甲其の本国法は、日本法ではなく、朝鮮半島に建国された大韓民国及び朝鮮民主主義人民共和国のいずれかの国の法に決定すべきである。しかして、両国の国籍法によれば、甲其は両国の国籍を有しているところ、本籍が大韓民国の支配地域内にあることなどから大韓民国とより密接な関係にあると認められるから大韓民国法を本国法として適用すべきである。

ところで、本件婚姻届出当時、大韓民国には婚姻に関する成文の規定がなく、慣習に委ねており、それによれば重婚は当然無効とされていたが、西暦一九六〇年一月一日から施行された大韓民国民法第八一六条及び第八一〇条によれば重婚は取消し得べきものとされている。そのうち、いずれを適用すべきかは時際法である大韓民国法附則により定まるものであるが、同附則第一八条は同第二条の特別規定にあたり、一項はその文理上、旧法上の無効取消原因の存否にかかわらず、新法により無効原因があればこれを無効とし、取消原因があればこれを取り消すことができるとする趣旨と解され、二項も取消の場合につき例示的に定めたものであつて無効の場合にも類推適用されると解するのが相当であるから、旧法時になされた重婚も取消し得べきものにとどまる(なお、大韓民国大法院は一九六七年一月一二日法政第九号〔大法院戸籍例規五四一項〕では当然無効としていたが、一九七八年五月一〇日法政第一五二号〔大法院戸籍例規第五四二項〕で「旧法当時の重婚であつても、新法施行当時までその婚姻(後婚)の無効審判がなかつた場合は、その婚姻の効力に関しては附則第一八条によつて新法の適用を受けなければならないものであるので婚姻取消事由に該当する」旨の通達を出している)。

次に、甲其が昭和四六年四月一二日死亡したことは前認定のとおりであり、〈証拠〉によれば、乙學葉も昭和二七年一二月二三日死亡していることが認められる。従つて本件婚姻が現在も取消し得るものか否か検討する必要がある。まず、日本国民法においては、重婚者である甲其の死亡後も後婚は取消し得る(第七四四条一項但書)が、前婚が重婚者の相手方配偶者たる乙學葉の死亡により解消した場合には後婚はそのとき以後重婚という瑕疵のないものとして存在するのだから、違法性は治癒されてもはや取消すことは許されないものと解すべきである。

他方、大韓民国民法においては明文の規定はないが、大韓民国大法院は重婚者たる男が死亡した場合について、その死亡により同人と前婚配偶者及び後婚配偶者との各婚姻が解消されても、前婚配偶者及び後婚配偶者が実家に復籍あるいは再婚しない以上、各婚姻による姻戚関係と大韓民国民法第七七三条及び同第七七四条の親族関係は終了しないので、前婚配偶者は後婚の取消を求める法律上の利益がある旨判示しており(一九六五・七・二七判決、六五む三二号)(なお、前記一九七八年五月一〇日法政第一五二号〔大法院戸籍例規第五四二項〕では前婚が協議離婚により消滅した場合―この場合姻戚関係と大韓民国民法第七七三条及び同第七七四条の親族関係は終了する―については重婚による取消事由は解消されるとしている)、外国法の適用にあたつては、当該国における解釈、判例を考慮すべきものであるから、本件においても甲其の死亡によつては取消事由は消滅しないと解すべきである。次に前婚配偶者である乙學葉の死亡による影響について検討すると、右の大法院判例は取消を認める理由として姻戚関係及び大韓民国民法七七三条、七七四条の親族関係の存続を重要視していることが明らかであり(なお、大韓民国民法上の姻戚は日本民法上の姻族よりも広い概念であり、配偶者の血族及び血族の配偶者のみならず、配偶者の血族の配偶者及び血族の配偶者の血族を含む概念である)、かつ大韓民国民法上、妻の死亡によつても姻戚関係及び同法第七七三条、七七四条の親族関係は消滅しない(同法第七七五条)のであるから、右の大韓民国における姻戚関係等重視の解釈態度を考慮して、乙學葉の死亡によつても甲其と乙學葉の婚姻により発生した姻戚関係等が消滅しない以上後婚の違法性は治癒されず、取消事由は消滅しないものと解する。以上は、甲其の死亡と乙學葉の死亡とを各々独立に検討したものであるが、本件においては両人とも死亡しているのであるから、更にその場合の取消事由の帰趨を検討する必要がある。この点、大韓民国民法上は、配偶者双方の死亡によつてもその婚姻により生じた親族関係のうち血族の配偶者の血族相互間の姻戚関係及び同法第七七三条、七七四条の親族関係は存続するのであるから、前述の大韓民国における姻戚関係等重視の解釈態度を考慮すると、未だ後婚の違法性が完全に治癒されたものとみることはできず、かつ本訴が後婚配偶者自身からの請求であるため婚姻の安定性の要請もさほど強調する必要がないことに照らすと、後婚配偶者たる原告は前婚当事者双方が死亡した現在に於いても尚後婚の取消を求め得るものと解するのが相当である。

しかして、本件の如く当事者双方の本国法が婚姻の成立要件欠缺について異なる効果を定めている場合には、より厳格な効果を定める法律によるべきものであるから、結局本件婚姻は大韓民国民法により取消し得るものである。

三よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、人事訴訟法第一七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官雨宮則夫)

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